2009年3月
2009年3月27日 (金)
春はそこまで来てるのに…

なかなか暖かくならないですね。
最後の葛城合宿も今日で終了。
芹澤さんに教わり、藤田さんにもアドバイスをいただいたのに、なかなか自分の思うようなスイングができません。
昨年の今頃がとても上手くいってて調子も良かったので比較してしまうと、どうしても…
こういう時こそ腐らず、諦めずに練習し続けないといけません。こうやってブログに書く事で自分へ『喝』を入れてるのかも…
それでもイライラしちゃう時はチョコレートでも食べて一休み。
葛城GC所属の藤野オリエちゃんと前田久仁子ちゃんも合宿に参加してたので、チョコレートやお菓子が常備してたので助かりました。(笑)
ごちそうさま♪
2009年3月18日 (水)
宮本勝昌物語『15 の夜』編
中学1年から一生懸命ゴルフをやりだした僕は、父親と毎日練習場へ行き、日曜日にはコースにも連れてってもらうようになりました。
父は教育にも厳しく、夜は二つの学習塾へ通ってました。
そんな中学3年の秋、塾へ行くのが嫌になりだした時期があって、塾へ行くふりをしては本屋へ行ったりして時間をつぶしてた日が続きました。
そういう事はいつかバレるものです。案の定、同じ塾に通う友達が先生にチクり、恐れていた父親へ…
その日の夜中11時過ぎに、説教された挙げ句に玄関の前で裸にされ正座。裸といってもパンツ一丁じゃないですよ!全裸です!!
15歳にもなればち〇ち〇に毛も生えているし、夜遅くといっても家の前は車通りもそこそこあるし…、
そんな厳しかった父親も、僕が水城高校(寮生活)へ進学してからは別人のように優しくなりました。
当時は怖くて、憎ったらしい親父でしたが、あの15年間があったからこそ現在があるとも思います。
ゴルフ始めた時から毎日練習場へ連れて行ってくれて、大学卒業までの10年間、大金を使わせてもらい、プロになってからは新聞、雑誌の切り抜き、テレビの録画…
日本一の宮本勝昌ファンかもしれません(笑)
なんといってもゴルフを始めてからの24年間、ずーっと見守ってくれてますから…
2009年3月14日 (土)
宮本勝昌物語『買い食い編』
昭和50年代といえば、『スクールウォーズ』『ビーバップハイスクール』に代表されるように、不良、暴力、リンチ…
とっても怖い中学時代を過ごしました(笑)
熱海中学に入学して間もない頃、当時バスケ部に在籍して日曜日の練習後の帰りに禁止されていた「買い食い」を初めて試みることに。
ドキドキしながら学校のすぐ下の自販機にお金を入れ、出てきたジュースを取り出すと…
よりによって生活指導の先生とバッタリ…
最悪です。ちょー最悪です。初めての買い食いだったのに、いきなり先生に見つかるなんて…
なんて運が悪いんだ、と思いながらも職員室に連れてかれ、説教タイム。
そのうち家に電話をするとかしないとか。
それだけはまずい、絶対に避けなければ。
なぜなら当時の父親はとても厳しく、怒って説教する時はところかまわず正座させ、ビンタ、ビンタ、ビンタ…
父親にだけは言わないでほしいという一心から、号泣。
結局、父親の耳には届かず事なきを得ましたが…(汗)
滅多に悪い事をしない子だったのにたまにやると見つかってばかり…
そんなもんですよね(笑)
2009年3月 8日 (日)
宮本勝昌物語『カンニング編』
5年2組の担任は女性の江田(こうだ)先生でした。
小学校も高学年になると考え方がしっかりしてきて、意思表示もはっきりするようになってました。
当時の5年1組はクラス対抗とかでも団結力があり優秀なクラスでした。一方、2組は悪ぶる子!?が若干多くクラスのまとまりはあったのですが、問題を起こすこともしばしば…。
学級委員長をしてた僕はよく職員室に呼ばれ他のクラスの先生に説教されてました。大人ぶっていても所詮まだ11歳。「俺は悪い事してないのに、何で自分だけ怒られなきゃいけないんだよ…」
担任の先生が決して嫌いだったわけじゃないですが、何で他のクラスの先生から言われなきゃいけないんだ、というのから徐々に反抗心が…
そして、ある学期末試験の時、何の科目かは忘れましたが、クラスの大半の生徒が先生の目を盗んで答案用紙を見せ合って答えを書きました。いわゆる集団カンニングです。ドキドキしながらも当然僕も加わりました(笑)
結局、先生が採点をしてる時、あまりにも答えが同じ過ぎる点から不審に思い発覚。後日、クラス全員放課後説教へ…。
他のクラスの先生方が集まり、担任の江田先生は横で涙を流してました。
江田先生、迷惑をかけて本当にすみませんでした。
皆さんも、カンニングはしないようにね(笑)
2009年3月 4日 (水)
宮本勝昌昔話…『いじめ』
昨日の静岡プロゴルフ選手権大会に、小学校時代の先生が来てたので、その頃のお話を一つ…
小学校3、4年生の頃から、天性!?のリーダーシップを発揮して、学級委員長(今は地方によってクラス委員とか学級委員長とかが存在しないみたいですが)をよくやってました。
クラスの決め事や掃除の時間など、先頭に立ってみんなを引っ張って行きました。
が、やり方に問題があったのでしょう。強引に押し付けたり、好きな友達と嫌いな友達を平等に見れず…、そのうちに何人か仲の良かった友達から無視されるように。
今の時代みたいに、登校拒否やもっと言えば自殺したいなんてとこまではとても行きませんが、それでも精神的にきつかったのは今でも憶えています(笑)
当然無視されてる間は、仲の良い友達やその周りの友達は近寄ってくれないので、普段一緒に遊ばない友達と遊んだり、一人で寂しく家に帰ったりしてました(笑)
さらに面白いのが、しばらく無視が続くといつからか無視が終わりまた遊ぶようになって、またしばらくすると無視されて…
そんなのが何回か繰り返されているうちにクラス替えになり、いつの間にか無視も終わってました。
こういう経験は誰にでも少なからずあるものです。楽しい思い出よりも辛かった思い出の方が何歳になっても憶えてるものです。
現在、その頃の経験が……
なんていうのは全然ないですし、ただの昔話という事で…。
次回の宮本勝昌昔話は『カンニング』です。 お楽しみに!




















